今日は自分の誕生日で30歳を迎える節目というか、
記念日になると思うので記録として残そうと思います。
あ、別になんか変なポエムを書き綴るとかもうすぐ逝くのか?みたいな感じは一切ないのでご安心ください。普通に20代を振り返って感傷に浸るよくあるやつです(笑)
というかブログを更新が途絶えて何ヶ月経ったのかもう分かんねぇなぁ…
確か今年のGWに沼津に一人で観光しにいったのが最後だったかな?
相当期間をおいてるわけで、別にもう辞めたとかそういうのは無いです。
単純に更新する時間を捻出することができなくなってて、あと面倒くさいのが勝ってしまって…
てか毎日の仕事の事なんて書いても意味ねーよ 日報じゃあるまいし。
30歳を迎えての感想なんですが意外と何も思わないッスね。
会社の皆からはようこそ三十路へとか言われたりするけど、社会人になって今年で7年目かな?
これからの人生を考えると7年って中学1年生みたいなレベルだから、正直そんな何も思わない。
とはいえもうこれからは若手とは思われないし認識もされないのかなとも思うので、今まで初心者オーラ全開で教えてもらう立場やミスって当然ですみたいな空気感は通用しないと思われる。
ちゃんとしたそれなりの経験者ですよね?って感じで見られる機会が増えてくるのかな~なんて思ってるので、自分の言動など一挙手一投足とまでは行かないけど、常に客観的に見て行こうと意識はしたいと思いますね。
まぁ大学を卒業して22歳で新社会人として世の中にデビューしたわけですが、
大まかに見ると20代前半はパッとしない日々が続いていて25歳以降ですね、20代後半から徐々に運気というかようやく人生として波に乗り始めた感じがするんですよね。
新卒で入社した建材メーカーで営業職として2年半勤務したわけですが、建築の世界を好きになることが出来なかったし、自分には細かな作図や計算か求められる仕事は苦手で向いていないことは入社して1年経ったくらいの頃で分かりました。ただ自分の考えとしては古い考えだと思われるけど普通に終身雇用前提で入ったし、このまま嫌な仕事を続けていく、云わばこれが人生なんだろうなと妙に納得していた部分もあった。あと時間の関係で嫌な仕事も長い時間続ければ嫌でも一定のレベルに辿り着くだろうと思ってたし、当時の自分に転職する勇気なんて無かったのも理由の一つでやんすな。
そんな状況に転機が訪れたのが2019年だったかな…?
過去記事見れば分かるんだろうけど、要は東京支店で営業職として数字を残せなかったという理由で戦力外通告を受けたわけですよね。福井県に本社がある会社だったので本社に行けと通達があったわけです。これはもう当然仕方のないことだとは納得はした、今思えば営業職として売上を出さない人は極端な話、負債でしかないのでこの配置転換も妥当だよなって感じです。
でも当時は東京で働きたい気持ちがあったので、あとオタ活全盛期だったということもありラブライブ関係のイベントに行けなくなることになるので、東京残留を決意。
勤めていた会社を9月末で退職することになった。
幸い転職活動は第二新卒ということもありサクッと決まって、晴れて2社目に勤めることができました。しかしこの2社目が自分の人生の中でいう「暗黒期」になり、結論11ヶ月で辞める事となりました。1年続かず辞めるって相当だと今になって思うし、辞めて正解だったとも思う。
でもここで得た11ヶ月は決して無駄ではなかったし、今になって当時の上司の気持ちも分かるようになったし、上に立つ者として「まぁ分からんでもない」って感じで、やり方はもうちょっとあったとは思うけど気持ちはなんとなく分かるようにはなった。でも辞めて正解な会社だったのは何年経とうが変わらないし、今では分かんねーけど当時世話になったパワハラ上司よりたぶん自分の役職の方が上だと思いますし組織的な地位では当時と逆転していると思います。能力はさておき…
このうんこ会社から無事転職して今の会社に勤める事となるのですが、もう20代前半で3社目になるという点で第二新卒市場ではイエローカードって感じですよね。
もう次の3社目が今後の人生を左右するものになると危機感と決意と覚悟を同時に感じていたわけですから、徹底的に自己分析を行い、自分の勝てる分野で転職活動を行いました。
やっぱり自分は高校大学と情報学科を専攻していたということもあり、IT×営業職で行くしかないと、建築だとか専門商社だとかんなもん最初から選択肢になかったわけで、なんで新卒時にその事実に気づかなかったんだろうと当時思いましたね(笑)
んで3ヶ月の転職活動を経て晴れて3社目である今勤めている会社に辿り着きました。
2020年12月入社となるので今月で4年経過し5年目を迎えております。
IT×営業職で必死に探して辿り着いた会社が中国系の人売りSES企業(笑)だったのが悲しい話ですが、何だかんだで5年目を迎えることが出来てとりあえず勤続年数3年の壁も超えたしまぁいいでしょう。というか今の会社の方が離職率が圧倒的に高く、自分が見てきた5年間で100人くらい辞めてんじゃねーのって感じです。盛りすぎかもしれんが。
ほんと表現としては悪いけどイスラエルとか紛争地域にいるような感じで、色々とカオスです。
中国系の会社なので事実上の社内公用語が中国語なので中国語が飛び交ってます。
そんなカオスな会社で5年目迎えるって、俺すごくない?褒めてくれよ誰か。
発狂して辞めていった連中も多く見てるしその中で頑張って毎月営業数字残してんですよ。
改めて俺すごくない? とまぁ勝手に承認要求が高い痛いおじさんなわけですが、自分自身定住タイプなので滅多なことが無い限り辞めないので、今後も継続していく予定です。
でもたまにもう辞めてもいいかなって思う時は多々あります。
今の会社で出来ること出来ないことは大体分かるようになったので、そろそろ卒業して次のキャリアを歩むこともいいんじゃないかなと思ってたりする。あと単純にSESっていう人売り商売に飽きてきてることもあるね。あんなもん誰でも出来る仕事だしメールでOutlook弄れれば中学生でも出来る仕事だと思ってますし、もうちょっとベンダーっぽい仕事がしたいです…
そんな自分もありがたいことに役職も拝命できることになり「課長」の役職をもらってます。
正直世の中の課長職の方々と比較すれば何にも出来てないチンカスレベルではあるが、一応課長職の人間として名刺にも記載あります。というか今年の1月から「係長」の役職が付き、10月から「課長」になるというマジで意味不明な昇進できごとがあり、一番困惑しているのは自分自身です。
でもまぁ冒頭にも書いたけど20代後半からですね、厳密には3社目である今の会社に入ってから人生が好転したのも事実なんですよね。まず彼女が出来て3年か4年ぐらい同棲して昨年結婚しましたし。さっきも書いたけど、何だかんだ自分は真面目に仕事に取り組みたい、のめり込みたいという潜在的欲求があったんですが、今の会社ではそれを実現することが出来たし現時点でもできてる。
数字出せるなら自分で何でもやればいいよってスタイルですので、試行錯誤を繰り返し無鉄砲ながらどんどん営業職として突き進むことができました。なので日本人として初めての役職者といことで「係長」そして「課長」の職位をいただくことができたと自画自賛してます^w^
あと給料が単純に他と比べて割とベースが高いと思う。身に余るお金です~って思ってたけどお金あるに越したことないので、給料UPも含め金銭的な魅力も続ける一つの理由だとも思いますね。
まぁとにかく今の会社に入ってから人生が好転していることは事実です。
30歳になってこれから待ち受ける人生ちょっと怖いけど一つ一つ乗り越えられたらなと思います。
しかしもう自分は妻もいるわけですから一人ではない。
運命共同体の人がいるわけですから、人生を共にするお互いの人生に責任を持つこととなるわけですので、真面目に仕事をコツコツして日々の幸せを一緒に噛み締めていきたいですね。
主に社会人生活として20代の振り返りをしたが、もう簡単ですね。
20代前半は低調。20代後半からは好転。とても単純です。
そして30代からの10年はまた違ったドラマが展開されるんだろうなぁ…。
ライフステージも上がり、20代での10年とは全く違う展開が予想される。
(正直ちょっと怖いです…)
まぁ先のことを考えすぎてもどうにもならないのでしっかりと1年1年歩んで行けば、そんな酷い未来にはならないだろうなと思いますので、まずは健康に気を付けて楽しく日々を過ごして行きます。
30歳スタートの日、一つの記念日として、記録として書きました。
10年後に読み返せたらいいですね。
じゃあこの辺で
記念日になると思うので記録として残そうと思います。
あ、別になんか変なポエムを書き綴るとかもうすぐ逝くのか?みたいな感じは一切ないのでご安心ください。普通に20代を振り返って感傷に浸るよくあるやつです(笑)
というかブログを更新が途絶えて何ヶ月経ったのかもう分かんねぇなぁ…
確か今年のGWに沼津に一人で観光しにいったのが最後だったかな?
相当期間をおいてるわけで、別にもう辞めたとかそういうのは無いです。
単純に更新する時間を捻出することができなくなってて、あと面倒くさいのが勝ってしまって…
てか毎日の仕事の事なんて書いても意味ねーよ 日報じゃあるまいし。
30歳を迎えての感想なんですが意外と何も思わないッスね。
会社の皆からはようこそ三十路へとか言われたりするけど、社会人になって今年で7年目かな?
これからの人生を考えると7年って中学1年生みたいなレベルだから、正直そんな何も思わない。
とはいえもうこれからは若手とは思われないし認識もされないのかなとも思うので、今まで初心者オーラ全開で教えてもらう立場やミスって当然ですみたいな空気感は通用しないと思われる。
ちゃんとしたそれなりの経験者ですよね?って感じで見られる機会が増えてくるのかな~なんて思ってるので、自分の言動など一挙手一投足とまでは行かないけど、常に客観的に見て行こうと意識はしたいと思いますね。
まぁ大学を卒業して22歳で新社会人として世の中にデビューしたわけですが、
大まかに見ると20代前半はパッとしない日々が続いていて25歳以降ですね、20代後半から徐々に運気というかようやく人生として波に乗り始めた感じがするんですよね。
新卒で入社した建材メーカーで営業職として2年半勤務したわけですが、建築の世界を好きになることが出来なかったし、自分には細かな作図や計算か求められる仕事は苦手で向いていないことは入社して1年経ったくらいの頃で分かりました。ただ自分の考えとしては古い考えだと思われるけど普通に終身雇用前提で入ったし、このまま嫌な仕事を続けていく、云わばこれが人生なんだろうなと妙に納得していた部分もあった。あと時間の関係で嫌な仕事も長い時間続ければ嫌でも一定のレベルに辿り着くだろうと思ってたし、当時の自分に転職する勇気なんて無かったのも理由の一つでやんすな。
そんな状況に転機が訪れたのが2019年だったかな…?
過去記事見れば分かるんだろうけど、要は東京支店で営業職として数字を残せなかったという理由で戦力外通告を受けたわけですよね。福井県に本社がある会社だったので本社に行けと通達があったわけです。これはもう当然仕方のないことだとは納得はした、今思えば営業職として売上を出さない人は極端な話、負債でしかないのでこの配置転換も妥当だよなって感じです。
でも当時は東京で働きたい気持ちがあったので、あとオタ活全盛期だったということもありラブライブ関係のイベントに行けなくなることになるので、東京残留を決意。
勤めていた会社を9月末で退職することになった。
幸い転職活動は第二新卒ということもありサクッと決まって、晴れて2社目に勤めることができました。しかしこの2社目が自分の人生の中でいう「暗黒期」になり、結論11ヶ月で辞める事となりました。1年続かず辞めるって相当だと今になって思うし、辞めて正解だったとも思う。
でもここで得た11ヶ月は決して無駄ではなかったし、今になって当時の上司の気持ちも分かるようになったし、上に立つ者として「まぁ分からんでもない」って感じで、やり方はもうちょっとあったとは思うけど気持ちはなんとなく分かるようにはなった。でも辞めて正解な会社だったのは何年経とうが変わらないし、今では分かんねーけど当時世話になったパワハラ上司よりたぶん自分の役職の方が上だと思いますし組織的な地位では当時と逆転していると思います。能力はさておき…
このうんこ会社から無事転職して今の会社に勤める事となるのですが、もう20代前半で3社目になるという点で第二新卒市場ではイエローカードって感じですよね。
もう次の3社目が今後の人生を左右するものになると危機感と決意と覚悟を同時に感じていたわけですから、徹底的に自己分析を行い、自分の勝てる分野で転職活動を行いました。
やっぱり自分は高校大学と情報学科を専攻していたということもあり、IT×営業職で行くしかないと、建築だとか専門商社だとかんなもん最初から選択肢になかったわけで、なんで新卒時にその事実に気づかなかったんだろうと当時思いましたね(笑)
んで3ヶ月の転職活動を経て晴れて3社目である今勤めている会社に辿り着きました。
2020年12月入社となるので今月で4年経過し5年目を迎えております。
IT×営業職で必死に探して辿り着いた会社が中国系の人売りSES企業(笑)だったのが悲しい話ですが、何だかんだで5年目を迎えることが出来てとりあえず勤続年数3年の壁も超えたしまぁいいでしょう。というか今の会社の方が離職率が圧倒的に高く、自分が見てきた5年間で100人くらい辞めてんじゃねーのって感じです。盛りすぎかもしれんが。
ほんと表現としては悪いけどイスラエルとか紛争地域にいるような感じで、色々とカオスです。
中国系の会社なので事実上の社内公用語が中国語なので中国語が飛び交ってます。
そんなカオスな会社で5年目迎えるって、俺すごくない?褒めてくれよ誰か。
発狂して辞めていった連中も多く見てるしその中で頑張って毎月営業数字残してんですよ。
改めて俺すごくない? とまぁ勝手に承認要求が高い痛いおじさんなわけですが、自分自身定住タイプなので滅多なことが無い限り辞めないので、今後も継続していく予定です。
でもたまにもう辞めてもいいかなって思う時は多々あります。
今の会社で出来ること出来ないことは大体分かるようになったので、そろそろ卒業して次のキャリアを歩むこともいいんじゃないかなと思ってたりする。あと単純にSESっていう人売り商売に飽きてきてることもあるね。あんなもん誰でも出来る仕事だしメールでOutlook弄れれば中学生でも出来る仕事だと思ってますし、もうちょっとベンダーっぽい仕事がしたいです…
そんな自分もありがたいことに役職も拝命できることになり「課長」の役職をもらってます。
正直世の中の課長職の方々と比較すれば何にも出来てないチンカスレベルではあるが、一応課長職の人間として名刺にも記載あります。というか今年の1月から「係長」の役職が付き、10月から「課長」になるというマジで意味不明な昇進できごとがあり、一番困惑しているのは自分自身です。
でもまぁ冒頭にも書いたけど20代後半からですね、厳密には3社目である今の会社に入ってから人生が好転したのも事実なんですよね。まず彼女が出来て3年か4年ぐらい同棲して昨年結婚しましたし。さっきも書いたけど、何だかんだ自分は真面目に仕事に取り組みたい、のめり込みたいという潜在的欲求があったんですが、今の会社ではそれを実現することが出来たし現時点でもできてる。
数字出せるなら自分で何でもやればいいよってスタイルですので、試行錯誤を繰り返し無鉄砲ながらどんどん営業職として突き進むことができました。なので日本人として初めての役職者といことで「係長」そして「課長」の職位をいただくことができたと自画自賛してます^w^
あと給料が単純に他と比べて割とベースが高いと思う。身に余るお金です~って思ってたけどお金あるに越したことないので、給料UPも含め金銭的な魅力も続ける一つの理由だとも思いますね。
まぁとにかく今の会社に入ってから人生が好転していることは事実です。
30歳になってこれから待ち受ける人生ちょっと怖いけど一つ一つ乗り越えられたらなと思います。
しかしもう自分は妻もいるわけですから一人ではない。
運命共同体の人がいるわけですから、人生を共にするお互いの人生に責任を持つこととなるわけですので、真面目に仕事をコツコツして日々の幸せを一緒に噛み締めていきたいですね。
主に社会人生活として20代の振り返りをしたが、もう簡単ですね。
20代前半は低調。20代後半からは好転。とても単純です。
そして30代からの10年はまた違ったドラマが展開されるんだろうなぁ…。
ライフステージも上がり、20代での10年とは全く違う展開が予想される。
(正直ちょっと怖いです…)
まぁ先のことを考えすぎてもどうにもならないのでしっかりと1年1年歩んで行けば、そんな酷い未来にはならないだろうなと思いますので、まずは健康に気を付けて楽しく日々を過ごして行きます。
30歳スタートの日、一つの記念日として、記録として書きました。
10年後に読み返せたらいいですね。
じゃあこの辺で
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